第五十一番札所 熊野山 石手寺
第五十一番札所 熊野山【くまのざん】石手寺【いしてじ】
真言宗豊山派
ご本尊:薬師如来
所在県:愛媛県
住所 :愛媛県松山市石手2-9-21
電話 :089-977-0870
本尊真言 :おん ころころ せんだりまとうぎ そわか
ご詠歌:西方を よそとは見まじ 安養の 寺に詣りて 受くる十楽
さいほうを よそとはみまじ あんやうの てらにまいりて うくるじうらく
礼所への行き方
電車: 城南線(路面電車)-道後温泉駅下車1.3km
バス: 奥道後行き『石手寺前』下車200m
一般: 県道187号線石手寺前より100m
高速:松山高速松山インターチェンジより6.5km
前後の札所とその距離
50繁多寺 <<<【約 2800m】>>> 51 石手寺 <<<【約 10700m】>>> 52太山寺
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第五十一番札所 熊野山 石手寺の動画
解説
寺伝によれば、神亀5年(728年)に伊予国の太守、越智玉純(おちのたまずみ)が夢によってこの地を霊地と悟り熊野十二社権現を祀った。これは聖武天皇の勅願所となり、天平元年(729年)に行基が薬師如来刻んで本尊として安置して開基したという。創建当時の寺名は安養寺、宗派は法相宗であったが、弘仁4年(813年)に空海(弘法大師)が訪れ、真言宗に改めたとされる。寛平4年(892年)河野氏に生まれた子どもが石を握っていという衛門三郎再来の伝説によって石手寺と改められた。
河野氏の庇護を受けて栄えた平安時代から室町時代に至る間が最盛期であり、七堂伽藍六十六坊を数える大寺院であった。しかし、永禄9年(1566年)に長宗我部元親による兵火をうけ建築物の大半を失っているが、本堂や仁王門、三重塔は焼失を免れている
解説出典:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E6%89%8B%E5%AF%BA
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