第五十番札所 東山 繁多寺
第五十番札所 東山【ひがしやま】繁多寺【はんたじ】
真言宗豊山派
ご本尊:薬師如来
所在県:愛媛県
住所 :愛媛県松山市畑寺町32
電話 :089-975-0910
本尊真言 :おんころころせんだりまとうぎそわか
ご詠歌:よろずこそ繁多なりとも怠らず諸病なかれと望み祈れよ
よろずこそ はんたなりとも おこたらず しょびょうなかれと のぞみいのれよ
礼所への行き方
電車: 横河原線久米駅下車1.7km
バス: 津田団地行き『繁多寺口』下車800m
一般: 県道40号線畑寺より800m
高速:松山高速松山インターチェンジより6.3km
前後の札所とその距離
49浄土寺 <<<【約 1700m】>>> 50 繁多寺 <<<【約 2800m】>>> 51石手寺
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第五十番札所 東山 繁多寺の動画
解説
寺伝によれば天平勝宝年間、孝謙天皇の勅願により行基が開基し、孝謙天皇の勅願所となったという。その際行基が坐高三尺の如来像を彫り、本尊として、光明寺と号したが、弘仁年間に空海(弘法大師)が留まって修行し現存の山号、寺号である東山繁多寺に改称したという。
一時後衰退するが、源頼義により再興され、1279年(弘安2年)には後宇多天皇のために聞月上人が、祈祷を行なっている。また、一遍上人も当寺で学問修行したと伝えられる。上人は後に「捨聖」として遊行し、1288年(正応元年)亡き父である如仏を偲び三部経を奉納している。
1394年(応永元年)には京都泉涌寺26世快翁師が後小松天皇の命を受け繁多寺第7世の住職に就き、以降1681年~1684年(天和年間)の寵湖など高僧が相継いで住職となるが、寵湖は徳川家の帰依を得ることとなり、4代将軍家綱の念持仏三体の一つである歓喜天を祀られることとなった。将軍家の帰依を得たことで寺は一時は隆盛をきわめ66坊と末寺100余という大寺となる
解説出典:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B9%81%E5%A4%9A%E5%AF%BA
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