四国八十八ヶ所 巡り 入門では四国八十八箇所の巡り方、作法、地図、霊場一覧などをご紹介しております。

愛媛県

第四十番札所 平城山 観自在寺

第四十番札所 平城山【へいじょうざん】観自在寺【かんじざいじ】

 

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真言宗大覚寺派

 

ご本尊:薬師如来

所在県:愛媛県

住所 :愛媛県南宇和郡愛南町御荘平城2253-1

電話 :0895-72-0416

 

 

本尊真言 :おん ころころ せんだりまとうぎ そわか

ご詠歌:心願や 自在の春に 花咲きて 浮世のがれて 住むやけだもの

しんぐゎんや じざいのはるに はなさきて うきよのがれて すむやけだもの

 

礼所への行き方

電車: 土佐くろしお電車:宿毛線宿毛駅18.0km
バス: 宇和島バス、宇和島・城辺・宿毛線『平城札所前』下車200m
一般: 国道56号線御荘栄町より700m

 

前後の札所とその距離

39延光寺 <<<【約 25800m】>>> 40 観自在寺 <<<【約 50200m】>>> 41龍光寺

 


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第四十番札所 平城山 観自在寺の動画

 

解説

寺伝によれば平安時代初期の大同2年(807年)平城天皇の勅願により、空海(弘法大師)によって開かれたといい、本尊の薬師如来、脇持の阿弥陀如来、十一面観世音菩薩はく一本の霊木から空海が刻んだと伝えられている。

江戸時代初期の寛永15年(1638年)に京都の空性法親王が巡拝、薬師院の号を受けた。その後、宇和島藩主伊達宗利の勅願所になったという歴史をもつ。一時は七堂伽藍を持ち四十の末寺を有したが、火災で消失。延宝6年(1678年)に再建されたが、昭和34年(1959年)に失火で本堂を焼失、現在の本堂はその後に建立された 

解説出典:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%B3%E8%87%AA%E5%9C%A8%E5%AF%BA


第四十一番札所 稲荷山 龍光寺

第四十一番札所 稲荷山【いなりざん】龍光寺【りゅうこうじ】

 

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真言宗御室派

 

ご本尊:十一面観世音菩薩

所在県:愛媛県

住所 :愛媛県宇和島市三間町戸雁173

電話 :0895-58-2186

 

 

本尊真言 :おんまかきゃろにきゃそわか

ご詠歌:この神は三国流布の密教を守り給はん誓いとぞ聞く

このかみは さんごくるふの みっきょうを まもりたまはん ちかひとぞきく

 

礼所への行き方

電車: JR四国予土線務田駅1.5km、予土線-伊予宮野下駅1.5km
バス: 宇和島バス、『森ヶ鼻』下車800m
一般: 県道32号線石ヶ鼻より1.2km

 

前後の札所とその距離

40観自在寺<<<【約 50200m】>>>41龍光寺<<<【約 2600m】>>>42佛木寺

 


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第四十一番札所 稲荷山 龍光寺の動画

 

解説

寺伝によれば、空海(弘法大師)がこの地を巡錫した際、白髪の老人に出会った。その言動から五穀大明神の化身と悟り、稲荷明神像を刻んで安置。本地仏として十一面観世音菩薩、脇侍に不動明王と毘沙門天を刻んで開基したという。

神仏習合の寺として、三間の稲荷として親しまれた。神仏分離で旧本堂は稲荷社とされ、現在の本堂は新たに建立されたものである 

解説出典:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BE%8D%E5%85%89%E5%AF%BA_(%E5%AE%87%E5%92%8C%E5%B3%B6%E5%B8%82)


第四十二番札所 一王果山 佛木寺

第四十二番札所 一(王果)山【いっかざん】佛木寺【ぶつもくじ】

 

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真言宗御室派

 

ご本尊:大日如来

所在県:愛媛県

住所 :愛媛県宇和島市三間町1683

電話 :0895-58-2216

 

 

本尊真言 :おんあびらうんけんばざらだどばん

ご詠歌:草も木も仏になれる仏木寺なを頼もしき鬼畜人天

くさもきも はとけになれる ぶつもくじ なをたのもしき きちくにんてん

 

礼所への行き方

電車: JR四国予土線務田駅3.5km
バス: 宇和島バス、『仏木寺』下車100m
一般: 県道32号線仏木寺より100m

 

前後の札所とその距離

41龍光寺<<<【約 2600m】>>> 42佛木寺<<<【約 10600m】>>>43明石寺

 


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第四十二番札所 一王果山 佛木寺の動画

 

解説

大同2年(807年)空海(弘法大師)がこの地で牛を牽く老人に勧められて牛の背に乗って進むと、唐を離れる際に有縁の地を求めて東に向かって投げた宝珠が楠の大樹にかかっているのを見つけた。そこで、この地が霊地であると悟り楠木で大日如来を刻んで、その眉間に宝珠を埋め、堂宇を建立して開創したという。牛の背に乗ってこの地に至ったというところから家畜守護の寺とされている。

鎌倉時代は宇和島領主西園寺氏の菩提寺として栄えた。弘法大師像は正和4年(1315年)十月五日開眼」の胎内銘が入り、銘入りの大師像として日本最古のものといわれている。本堂は享保13年(1728年)に、吉田藩主伊達村賢が建てたものである 

解説出典:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%9B%E6%9C%A8%E5%AF%BA


第四十三番札所 源光山 明石寺

第四十三番札所 源光山【げんこうざん】明石寺【めいせきじ】

 

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天台寺門宗

 

ご本尊:千手観世音菩薩

所在県:愛媛県

住所 :愛媛県西予市宇和町明石104

電話 :0894-62-0032

 

 

本尊真言 :おんばざらたらまきりくそわか

ご詠歌:聞くならく千手の誓ひ不思議には大盤石も軽くあげ石

きくならく せんじゅふしぎの ちからには だいばんじゃくも かるくあげいし

 

礼所への行き方

電車: JR四国予讃線卯之町駅下車1.7km
バス: 宇和島バス、『宇和高校前』1.0km
一般: 県道237号線宇和町明石より700m

 

前後の札所とその距離

42佛木寺<<<【約 10600m】>>>43明石寺<<<【約 67200m】>>>44大寶寺

 


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第四十三番札所 源光山 明石寺の動画

 

解説

寺伝によれば6世紀、欽明天皇の勅願により正澄上人が唐からの渡来仏である千手観世音菩薩を祀るため創建したという。天平6年(734年)に寿元行者が熊野より十二社権現を勧請し修験道の中心道場としたとされる。弘仁13年(822年)弘法大師(空海)が再興したという。

縁起の通りであれば飛鳥寺や四天王寺以前の創建ということになるのでこれは史実とは考えられず、実際の創建年は不明といわざるを得ない。建久5年(1194年)に、源頼朝が池禅尼の菩提を弔うため阿弥陀如来を安置、経塚を築き堂宇の修繕をした。この時に山号を現光山から源光山に改めたという。その後も武士からの信仰が篤く、室町時代は西園寺氏の祈願所、寛文12年(1672年)には宇和島藩主伊達宗利が堂宇を建立した 

解説出典:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%8E%E7%9F%B3%E5%AF%BA


第四十四番札所 菅生山 大寶寺

第四十四番札所 菅生山【すごうざん】大寶寺【たいほうじ】

 

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真言宗豊山派

 

ご本尊:十一面観世音菩薩

所在県:愛媛県

住所 :愛媛県上浮穴郡 久万高原町菅生二番耕地1173

電話 :0892-21-0044

 

 

本尊真言 :おんまかきゃろにきゃそわか

ご詠歌:今の世は大悲のめぐみ菅生山ついには弥陀の誓いをぞまつ

いまのよは だいひのめぐみ すがうさん ついにはみだの ちかひをぞまつ

 

礼所への行き方

電車: JR四国予讃線伊予中山駅下車28.8km
バス: ジェイアール四国バス、久万線『久万高原』下車1.2km
一般: 国道33号久万高原より1.2km

 

前後の札所とその距離

43明石寺<<<【約 67200m】>>>44大寶寺<<<【約 8400m】>>>45岩屋寺

 


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第四十四番札所 菅生山 大寶寺の動画

 

解説

 寺伝によれば百済から来た聖僧が携えて来た十一面観世音菩薩を山中に安置したのが始まりである。大宝元年に安芸から来た明神右京、隼人の兄弟の猟師がその観音像を見つけて草庵を建てて祀ったといい、奏上を受けた文武天皇の勅命によって寺院が建立され、元号に合わせて寺号を定めたといわれている。弘仁13年(822年)に空海(弘法大師)が来錫、この際に天台宗から真言宗に改宗されたという。

仁平2年(1152年)に失火により寺は焼失、保元元年(1156年)、後白河天皇の勅使が天皇の脳の病気平癒を祈願したところ病が治ったため、天皇は妹宮を住職として下向させ、勅願寺として七堂伽藍を有する寺院として再興されたという

解説出典:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%AF%B6%E5%AF%BA


第四十五番札所 海岸山 岩屋寺

第四十五番札所 海岸山【かいがんざん】岩屋寺【いわやじ】

 

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真言宗豊山派

 

ご本尊:不動明王

所在県:愛媛県

住所 :愛媛県上浮穴郡久万高原町七鳥1468

電話 :0892-57-0417

 

 

本尊真言 :のうまくさんまんだばざらだんせんだまかろしゃだそわたやうんたらたかんまん

ご詠歌:大聖の祈る力のげに岩屋石の中にも極楽ぞある

だいせいの いのるちからの げにいはや いしのなかにも ごくらくぞある

 

礼所への行き方

電車: JR四国予讃線伊予中山駅37.2km
バス: 『岩屋寺』下車600m
一般: 県道12号線岩屋寺より600m

 

前後の札所とその距離

44大寶寺<<<【約 8400m】>>>45岩屋寺<<<【約 29500km】>>>46浄瑠璃寺

 


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第四十五番札所 海岸山 岩屋寺の動画

 

解説

弘仁6年(815年)霊地を探して山に入った空海(弘法大師)は、山中で神通力を備えた法華仙人という女性と出会うが、仙人は空海に帰依して山を献上した。空海は木造と石造りの不動明王像を刻み、木造は堂宇を建立して本尊として安置、石造りは岩窟に祀って秘仏とし、全山を本尊とした 

解説出典:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A9%E5%B1%8B%E5%AF%BA_(%E4%B9%85%E4%B8%87%E9%AB%98%E5%8E%9F%E7%94%BA)


第四十六番札所 医王山 浄瑠璃寺

 

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第四十六番札所 医王山【いおうざん】浄瑠璃寺【じょうるりじ】

 

真言宗豊山派

ご本尊:薬師如来

所在県:愛媛県

住所 :愛媛県松山市浄瑠璃町282

電話 :089-963-0279

ご本尊真言:おん ころころ せんだりまとうぎ そわか

ご詠歌:極楽の 浄瑠璃世界 たくらへば 受くる受難は 報いならまし

ごくらくの じゃうるりせかい たくらえば うくるからくは むくいならまし

 

礼所への行き方

電車: 横河原線鷹ノ子駅下車6.3km
バス: 丹波行き『浄瑠璃寺前』下車100m
一般: 県道194号線浄瑠璃寺前100m

 

前後の札所とその距離

45岩屋寺 <<<【約 29500m】>>> 46 浄瑠璃寺 <<<【約 900m】>>> 47八坂寺

 


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第四十六番札所 医王山 浄瑠璃寺の動画

 

解説

和銅元年(708年)に大仏開眼を前にした布教に訪れた行基が堂宇を建立、本尊の薬師如来と脇侍の 日光・月光菩薩、十二神将を刻んで安置して開基した。大同2年(807年)に空海(弘法大師)が本寺を再興した。[1]

室町時代末期には足利幕府の武将が伽藍を整備した。正徳5年(1715年)の山火事で焼失し、江戸時代中期の天明5年(1785年)に住職の尽力により復興した 

解説出典:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%84%E7%91%A0%E7%92%83%E5%AF%BA_(%E6%9D%BE%E5%B1%B1%E5%B8%82)


第四十七番札所 熊野山 八坂寺

第四十七番札所 熊野山【くまのざん】八坂寺【やさかじ】

 

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真言宗醍醐派

 

ご本尊:阿弥陀如来

所在県:愛媛県

住所 :愛媛県松山市浄瑠璃町八坂773

電話 :089-963-0271

 

 

本尊真言 :おん あみりた ていぜい からうん

ご詠歌:花を見て 歌読む人は 八坂寺 三仏じょうの 縁とこそ聞け

はなをみて うたよむひとは やさかでら さんぶつじょうの えんとこそきけ

 

礼所への行き方

電車: 横河原線鷹ノ子駅下車5.4km
バス: 丹波行き『八坂寺前』下車300m
一般: 県道194号線八坂寺前より300m

 

前後の札所とその距離

46浄瑠璃寺 <<<【約 900m】>>> 47 八坂寺 <<<【約 4400m】>>> 48西林寺

 


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第四十七番札所 熊野山 八坂寺の動画

 

解説

寺伝によれば役行者によって開基され、大宝元年(701年)に、伊予の国司越智玉興が、文武天皇の勅願を受けて堂宇を建立したという。一時荒廃するが、弘仁6年(815年)に来錫した空海(弘法大師)が再興したとされる。

熊野権現を勧進して十二社権現とともに祀り、修験道の根本道場として栄え、12坊、84の末寺を持ち多くの僧兵を抱える大寺となった。天正年間(1573年~1592年)には兵火によって焼失してからは寺域も縮小し、現在の境内となっている 

解説出典:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E5%9D%82%E5%AF%BA_(%E6%9D%BE%E5%B1%B1%E5%B8%82)


第四十八番札所 清滝山 西林寺

第四十八番札所 清滝山【せいりゅうざん】西林寺【さいりんじ】

 

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真言宗豊山派

 

ご本尊:十一面観世音菩薩

所在県:愛媛県

住所 :愛媛県松山市高井町1007

電話 :089-975-0319

 

 

本尊真言 :おん まか きゃろにきゃ そわか

ご詠歌:弥陀仏の 世界を訪ね 行きたくば 西の林の 寺に詣れよ

みだぶつの せかいをたづね いきたくば にしのはやしの てらにまいれよ

 

礼所への行き方

電車: 横河原線鷹ノ子駅下車800m
バス: いよてつバス、『南高井』下車300m
一般: 県道40号線西林寺前より100m
高速:松山高速松山インターチェンジより4.5km

 

前後の札所とその距離

47八坂寺 <<<【約 4500m】>>> 48 西林寺 <<<【約 3200m】>>> 49浄土寺

 


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第四十八番札所 清滝山 西林寺の動画

 

解説

寺伝によれば、聖武天皇の勅願を受け、天平13年(741年)に行基が伊予国国司越智宿禰玉純と共に堂宇を建立、本尊の十一面観世音菩薩を刻んで開基したという。大同2年(807年)に空海(弘法大師)が本寺に逗留し奥の院になっている杖の渕の清水を湧出させたといわれる。

17世紀末に火災で焼失したが、元禄13年(1700年)松平定直らによって一部再建、その後宝永4年(1707年)には本堂と鐘楼堂が、文化10年(1813年)に大師堂、天保14年(1843年)に仁王門が再建された 

解説出典:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E6%9E%97%E5%AF%BA_(%E6%9D%BE%E5%B1%B1%E5%B8%82)


第四十九番札所 西林山 浄土寺

第四十九番札所 西林山【さいりんざん】浄土寺【じょうどじ】

 

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真言宗豊山派

 

ご本尊:釈迦如来

所在県:愛媛県

住所 :愛媛県松山市鷹子町1198

電話 :089-975-0173

ご本尊真言:のうまくさんまんだ ぼだなん ばく

 

ご詠歌:十悪の 我身を棄てず そのままに 浄土の寺へ まいりこそすれ

じうあくの わがみをすてず そのままに じゃうどのてらへ まいりこそすれ

 

礼所への行き方

電車: 横河原線久米駅下車400m
バス: 『久米』下車300m
一般: 県道40号線日尾八幡神社前より200m
高速:松山高速松山インターチェンジより1.9km

 

前後の札所とその距離

48西林寺 <<<【約 3200m】>>> 49 浄土寺 <<<【約 1700m】>>> 50繁多寺

 


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第四十九番札所 西林山 浄土寺の動画

 

解説

天平勝宝年間(749年-757年)に孝謙天皇の勅願を受けて恵明(えみょう)上人が開創、本尊として行基が刻んだ釈迦如来像を祀ったという。当初は法相宗であったが、空海(弘法大師)が伽藍を再興した際に真言宗に改宗した。

平安時代中期の天台宗の僧空也が天徳年間(957年-960年)にこの寺に滞在し布教に努めた。建久3年(1192年)に源頼朝が堂宇を修復するが、応永23年(1416年)には兵火で焼失。河野通宣によって文明14年(1482年)に再建された。慶安2年(1649年)には大規模な修繕が行われている 

解説出典:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%84%E5%9C%9F%E5%AF%BA_(%E6%9D%BE%E5%B1%B1%E5%B8%82)



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