第二十九番札所 摩尼山 国分寺
第二十九番札所 摩尼山【まにざん】国分寺【こくぶんじ】
真言宗智山派
ご本尊:千手観世音菩薩
所在県:高知県
住所 :高知県南国市国分546
電話 :088-862-0055
本尊真言:おんばさらたらまきりく
ご詠歌:国を分け宝を積みて建つ寺の末の世までの利益のこせり
くにをわけ たからをつみて たつてらの すゑのよまでの りやくのこせり
礼所への行き方
電車: JR四国土讃線後免駅下車3.0km
バス: 土佐電鉄バス、植田線『国分寺通り』下車500m
一般: 県道45号線国分寺通り500m
高速:高知高速南国インターチェンジより2.6km
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第二十九番札所 摩尼山 国分寺の動画
解説
聖武天皇が発した「国分寺建立の詔」により全国に建立された国分寺(金光明四天王護国之寺)の一つである。当寺は寺伝によれば天平13年(741年)に行基が千手観世音菩薩を刻み本尊として安置し開創したとされる。その後弘仁6年(815年)空海(弘法大師)が毘沙門天を刻んで奥の院に安置、その頃真言宗の寺院となったという。史実としては、『続日本紀』に天平勝宝8年(756年)、土佐を含む26か国の国分寺に仏具等を下賜したことがみえるため、この年以前には創建されていたとみられる。
国分寺周辺は古代から中世まで土佐国の国府の所在地であり、「土佐日記」の作者紀貫之も国司として4年間当地に滞在した。国府の中心である国庁は国分寺から徒歩15分の位置にあり、かつてその近くにあった土佐国総社は現在当寺境内に移されている。
寺はたびたび兵火に遭ったが、永禄元年(1558年)には長宗我部国親、元親によって金堂が再建。明暦元年(1655年)に土佐藩2代藩主山内忠義が山門を寄進した。大正11年(1922年)に境内全域が国の史跡に指定されている
解説出典:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%9F%E4%BD%90%E5%9B%BD%E5%88%86%E5%AF%BA
前後の札所とその距離
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